大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 平成10年(少)3283号 決定 1998年9月02日

少年 S・H子ことH・P子(1983.9.17生)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、平成8年4月、足立区立○○中学校に進学したが、同校2年生のころから無断外泊、家出を繰返して学校にはほとんど登校せず、平成10年8月10日には窃盗(万引)を行ったほか、非行性の高い複数の成人男性と交際し、不純異性交遊、覚せい剤乱用に耽けるなど、保護者の正当な監督に服しない性癖を有し、正当の理由がなく家庭に寄り付かず、犯罪性のある不道徳な人と交際し、自己の徳性を害する行為をする性癖があって、このまま放置すると、その性格・環境に照らし、将来、窃盗・売春防止法違反等の罪を犯すおそれがある。

(法令の適用)

少年法3条1項3号本文、同号イ、ロ、ハ、ニ

(処遇の理由)

少年は、平成3年1月25日に、フィリピン人の母親及びその現在の連れ合いである義父と同居するため、フィリピンから来日した。少年は、小学校2学年に編入し、クラスメイトらから外国人としてからかわれたりしたものの、かばってくれる女生徒がいたこともあって長期間休むこともなく卒業し、前記○○中学校に進学した。同校では、クラスメイトのほぼ全員から外国人として無視されるといういじめを受け続けながらも相談相手もなく、2年生の2学期ころからは、校外の者と仲良くなり、夜遊び、不登校が始まった。その間、母親は現在4歳になる妹の世話を少年に委ねてホステスとして稼働し夜間家を空けるなど、少年の養育にほとんど関心を示さず、義父は夜遊びに体罰でいうことを聞かせようという態度を取り続けたため、少年にとって家庭が居場所とならず、友人らとの交遊関係のみが心の拠り所というような生活の中で、孤独感や疎外感を癒すため、不良交遊を拡大させ、本件に至ったものである。

このように、本件の原因は、一人少年のみにあるというものではなく、少年に居場所を与えることができず、家庭としての機能を果たしていない家族にこそあるといわざるを得ないが、母親の養育関心及び養育態度が容易に変わると見込める状況にはなく、また、急速に崩れた生活関係を改めさせる監護能力も認められない。

少年自身は、ただ普通の家族であってくれればいいと語り、調査段階で、一時フィリピンに戻って生活を立て直すとも発言していたようであるが、少年の考えている受け入れ帰住先は、経済力の面でも指導力の面でも十分なものを備えておらず、またフィリピンに出国した場合、少年に日本国籍がないため、○○中学校は除籍扱いになる可能性が強いところ、少年自身は、将来日本に永住して生活することを望んでおり、そのために必要であるとして矯正教育を受けることになるならそれもやむを得ないと考えるに至っている。これらの事情を考慮すると、一時フィリピンに帰国させて少年の生活状況の改善の可能性を採るよりは、これまでの乱れた生活習慣を改めさせるための矯正教育を行うと共に、中学校卒業資格を得させることが少年の将来にとって望ましく、これらの諸事情を考慮すると、この際、少年に対しては、初等少年院に送致し、集団生活を通じ基本的生活習慣を身につけさせ、日常生活に根ざした規律、規範意識を身に付けさせつつ教科教育を行い、併せて、自立して生活できる能力を養わせることが相当である。なお、本件非行の原因が少年のみにあるわけではなく、環境因による部分が大きいと見られること、及び少年に中学卒業資格を得させることを念頭におき、比較的短期間の矯正教育で足りるものと判断したが、帰住環境が整備されず、自立へ向けた教育がなお必要と見込まれる場合には、多少期間が伸長することがあっても十分な配慮がなされるよう要望する。

よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項により少年を初等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 古田浩)

〔参考1〕 処遇勧告書<省略>

〔参考2〕 環境調整命令書

平成10年9月2日

東京保護観察所長 殿

東京家庭裁判所

裁判官 古田浩

環境調整に関する措置について

氏名 S・H子ことH・P子

年齢 14歳(1983年9月17日生)

職業 なし(中学3年生)

国籍 フィリピン

住居 東京都足立区○○×丁目×番××号

当裁判所は、本日、上記少年を、ぐ犯保護事件により、初等少年院に送致したが、本件非行の背景には、少年の養育よりは、自己及びフィリピンの家族に目を向けがちな母親と、暴力的対応をする義父の指導への反発等があり、家庭が拠り所となりえなかったことにあるものと思料されます。これらの事情をも考慮し、本件については、比較的短期処遇の処遇勧告をしたところでありますが、国情の違いなどから、母親の養育態度を改めさせるには相当の困難が見込まれますので、早期に家庭環境の調整に着手することが必要であると考え、少年法24条2項、少年審判規則39条により、下記のとおり要望いたします。

少年の母親に対しては、母親としての役割を果たせるよう自覚を促すと共に、就業内容・就業時間を調整し、少年との関係改善へ向けた調整を行うこと、義父に対しては、少年の置かれた状況を十分理解し、従前の暴力的な接し方を改善するよう指導し、もって、少年の受け入れ態勢等を整備・調整するよう指導・援助をはかること。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例